しまばら ふるさと日記
橘神社
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雲仙市千々石町 橘神社

2021年12月22日 公開

ちぢわの大門松

橘神社 大門松 毎年年末になるとギネスブックにも認定された14m以上の高さがある「世界一の門松」が一の鳥居前に設置されています。

 

 新型コロナの影響を考えて分散参拝の配慮から例年より2週間ほど長い令和4年2月13日まで飾られるとの事です。

 

 ここ橘神社の正月三が日は通常長崎県内で二番目に多い8~9万人の参拝があるそうです。夜は門松のライトアップもされるとの事ですので時間をずらした参拝はいかがでしょうか?

 

 NHKの人も取材・撮影に来られていたようでオファーされ「よか男に撮ってね」って言ったらOKを頂いたので取材に応じました(笑)

 

 まぁ、あまりよか男過ぎてTVで放送される事は無いと思います…

 

 

橘神社 大門松

 

 

 

軍神・橘中佐

橘神社 橘中佐 この地、千々石町に生まれ東宮武官(大正天皇の教育係)や名古屋陸軍地方幼年学校長を歴任。

 

 日露戦争に参戦。明治37年(1904)40歳で戦死を遂げられました。

 

橘神社 橘中佐 橘神社は軍神・橘中佐を、お祀りした神社で昭和15年に長崎県社として創建されています。

 

 春には参道に1000本の桜並木が圧巻で多くの方が訪れている神社です。

 

 

 

橘神社

橘神社 軍人橋

 

 

橘神社 軍人橋 40台ほど停められる無料の駐車場が有りますがお正月や桜シーズンは有料となるようです。

 

 駐車場の奥に千々石川にかかる軍人橋。その橋の上から川下方向を撮っていると… 橋の影に私もいるようです。

 

橘神社 って事で少し寄って左手を上げて撮影してみました。

 

 帰りにこの川の方へと下りてみたいと思っています。

 

橘神社 橋から150m程進むと千々石中学校グラウンド付近でほぼ90度参道が右折。6~70m程の参道左右に灯篭が設置されています。

 

橘神社 十数段の階段を上った所には御札、お守り、熊手、破魔矢のみ神事処分する置き場が用意されていました。

 

 ただ、正月飾り、人形、神棚、仏具やゴミなど入れないでとの注意書きもあります。

 

 

▼ 社務所・授与所 ▼橘神社 社務所・授与所   ▼ 手水鉢 ▼橘神社 手水鉢

 

 

橘神社 絵馬掛け所 参拝の方が多い為か大きな建物の社務所・授与所が有ります。手水鉢には正月用の飾りがされていました。

 

 沢山の願掛けしてある絵馬掛け所を過ぎるとすぐに数段の階段上に二の鳥居が見えて来ます。こちらも鳥居前に門松が飾られていました。

 

 

橘神社 鳥居

 

 

 昭和十五年(1940)建立の勇ましい感じの狛犬が拝殿前に鎮座しています。

 

▼ 吽形狛犬▼橘神社 狛犬

  ▼ 阿形玉持ち狛犬 ▼橘神社 狛犬

 

 

 思い出すと去年はお参りした当日に娘が孫娘を無事出産してくれました。コロナ禍の中で付き添いが出来ない出産でしたがその子も一歳を迎える事が出来ました。

 

 健よかなる成長を願って…

 

 

橘神社 拝殿

 

 

 

各種記念碑

▼ 忠霊塔 ▼橘神社 忠霊塔   ▼ 釧雲泉之碑 ▼橘神社 釧雲泉之碑

 

 

▼ 奉名殿 ▼橘神社 奉名殿

 

 

 

 拝殿の周りには各種記念碑が設けられています。

 

橘神社 また奉名殿と名付けられた橘中佐の未亡人が帰郷され中佐と共に戦死された将兵の御霊を慰める為に創建された祠を移設されたモノです。

 

 

橘神社 従軍記念塔 忠霊塔の側に千々石清左衛門碑、軍神橘中佐墓地、従軍記念塔と書かれた矢印案内があります。

 

橘神社 従軍記念塔 進むと忠霊塔の裏側にあたる場所に従軍記念塔がありました。

 

 碑の下側に刻まれた文字は…

 

 建立の精神

 この従軍記念塔は御国のため遠く西南の役より大東亜戦に至る度々の戦役に従軍し幾多英霊犠牲の下万死に一生を得世界平和の大業を果たして復員した人の念願により建立した

私達はこの輝かしい世界大地の大精神を具現し子々孫々相受け相佉へ後世に遺すものである

 

 

 

天満宮

天満宮 鳥居

 橘神社の忠霊塔がある所から少し上ると鳥居が見えて来ます。

 

 末社と言っていいのか別の神社と言っていいのかよく分からない感じではありますが昭和3●年(読めません)建立の一の鳥居。

 

天満宮 鳥居 神額は旧書体?で「天満宮」と刻まれているようです。

 

天満宮 鳥居 階段を上って道路の向こう側に大正十五年(1926)建立の二の鳥居が見えて来ます。

 

天満宮 鳥居 神額には「天満宮」と浮彫で刻まれていました。

 

 

天満宮 近くにある案内には御祭神に菅原道真朝臣、合祀として千々石大和守直員、町田兵七郎、木戸萬九郎と書かれていました。

 

 

天満宮 階段を上り終えると正面い拝殿。

 

 扉はカギが掛けられており中を見る事が出来ませんでした。賽銭用にガラスが貼られていない所があるのでそこから入れて孫娘の健よかなる成長を願います。

 

 それと宝くじが当たりますように… (笑)

 

天満宮

 

 

 

釜蓋城跡展望台

釜蓋城跡展望台釜蓋城跡展望台 天満宮そばを流れる川沿いに少し上るとグラウンドが見えて来ます。

 

 そしてその奥の小高い場所に天守閣のような建物が有り展望台となっているようです。

 

千々石町指定文化財、石仏・神父像(キリシタン遺物) その建物に入る階段の手前に祠があり横の説明には千々石町指定文化財、石仏・神父像(キリシタン遺物)と書かれていました。

 

釜蓋城跡展望台 左側の石像が神父って事なんでしょうかね?!

 

釜蓋城跡展望台 また展望台横には釜蓋城由来記があり島原の乱で農民が立て籠りした原城を構築した有馬貴純の族臣淡路守が主命により千々石に来り領しこの地に城を築いたとの事。

 

 釜蓋城跡展望台からは城山グラウンド越しに千々石の町と橘湾を見下ろす事が出来ます。

 

 

釜蓋城跡展望台

 

 

 グラウンドの左側の遊歩道で下りて行くと小さな川沿いの場所に祠が二つありました。

 

 さらに進んで橘神社近くの道には城跡展望台・城山グラウンドの矢印と天満神社・千々石ミゲルの父を祀る神社の矢印が有りました。

 

 

 

千々石川河川公園

千々石川河川公園 軍人橋の少し手前から川へと下りる階段があります。川沿いに桜並木が有り春にはとてもきれいな場所となりますが今は特に花は無さそうです。

 

千々石川河川公園 階段を降り川沿いに7~80m進むことが出来ますがそこで行き止まり。

 

 少し戻って飛び石を渡り対岸へ。

 

千々石川河川公園 石が濡れていて滑りそうで注意が必要でした。

 

 飛び石で渡れる場所は二か所用意されています。

 

 

千々石川河川公園

 

 

 軍人橋の下を通って上流方面へと進みます。

 

 小さな橋を渡った所に水を流す施設が造られているのですが残念な事に今回行った時には水が流れていませんでした。

 

 道沿いに進みちょうど一の鳥居を越えた所にある公衆トイレ付近に戻って来ました。ギネスにも載る大きな門松がある橘神社に初詣はいかがでしょうか!?

 

 世相も考えると時期を少しずらして来てみるのがいいかもしれませんね!

 

 

橘神社 大門松

 

 

 

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