初の入場!旧島原藩薬園跡
旧島原藩薬園跡
日頃、薬園石垣の横を通る事はあっても実際に訪れたのはこれが最初です。
入口付近には駐車場はなく石垣をまわって小さな看板があるのでそこから小道に入ります。大型バス2台、普通車10数台停められる駐車場が整備されています。
この駐車場から直接薬園に入るのですが通り道が分かりずらく初めてで、ここ通っていいのかな?と、少し躊躇しながら入っていきました。
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_____ 江戸時代の薬園として、国の史跡に指定されている場所は、奈良県の森野旧薬園、鹿児島県の佐多旧薬園と島原市の「旧島原藩薬園跡」の3ヶ所しかなく、たいへん貴重な史跡です。 1842年(天保13)、島原藩主松平忠誠(ただなり)によってシーボルトの門人・賀来佐一郎(佐之(すけゆき))(1799-1857)が医師として招聘され、島原藩の医学校「済衆館」で、西洋式医学を教授するようになりました。翌年に同校庭園に薬園が設けられ、薬草類が栽培されはじめます。 その後、1846年(弘化3)に雲仙岳眉山のふもとに移転され、長い工事の末1853年(嘉永6)に完成したのが現在の薬園跡です。 引用 ながさき歴史・文化ネット _____ |
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すぐ近くに島原農業高校がありそういった関係ででしょうか畜魂碑(ちくこんひ)と言うものが薬園跡と道路を挟んでありました。
調べてみると鶏・豚・実験小動物などの供養碑とあるので農業高校関係で造られたものなんでしょうかね?ご存知の方は教えて頂けると嬉しいです。